小軍奮闘記

低身長社会人(1年目)が見たもの、考えた事の記録

親子丼の定義

 

「人類みな人間」という言葉は非常に矛盾していると常々感じているが、

その「矛盾」の要素こそが言葉に重みや深みを持たせているというのだから、

言葉そのものには人を大きく動かす力がある事は間違いない。

 

それとは関係のない話だが、人類みなが好きな食べ物の中に「親子丼」がある。

親子丼が嫌いだという人間は僕は聞いたことがない。

 

ここで、親子丼という食べ物を知らないという、人類ではない方々のために

親子丼の定義を説明しておく。

 

どんぶり物の一つ。鶏肉・ねぎ・しいたけなどを甘辛く煮て卵でとじ、どんぶりに盛った飯の上にのせたもの。◇材料の鶏と卵が親子であることから。「親子どん」と略す。 -  コトバンク

 

我らがコトバンクによると上記のような定義された食べ物が「親子丼」である。

鶏と卵が親子であることから。

 

そう、親子丼に必要不可欠なのは「鶏」と「卵」であり、

その両者が親子関係を成していることから、「親子丼」と名付けられた。

 

これ以上なくしみやすいネーミングセンスである。

名付けは天才ほかならない。その名付けになりたいものである。

 

ここで僕は1つの疑問を持った。

例えばなか卯で親子丼を注文したとする。格安チェーンならではの早さで、

数分後にはテーブルに「親子丼」が届くだろう。

 

目の前に置かれた親子丼には、定義通り「鶏」と「卵」が盛られている。

これが「親子丼」だ。

 

いや、待てよ。

 

―今見ているこの「鶏」と「卵」は、果たして本当の親子関係なのか。

 

逆に考えれば、世の中に何千万と存在する鶏とその卵だが、

今目の前の「鶏」と「卵」が、偶然血縁関係のある「鶏」と「卵」である確率は

果てしなく低いのではないか。

 

そう考えると、これは「親子丼」なのか。

「複雑な家庭丼」ではないのか。

 

そんなことを考えながらも、僕は目の前の「丼」に複雑な気持ちで食らいつくだろう。